平成25 年度研究プロジェクト「朝鮮半島のシナリオ・プランニング」分析レポート
ロシアから見た露朝関係の現状と展望
兵頭慎治(防衛研究所)
1.ロシアにとっての北朝鮮
ロシアにとっての北朝鮮は、戦略的には二義的な存在であり、ロシアの対外政策における比
重は大きくない。これは、中東問題などに比べて、朝鮮半島問題に対する米国の戦略的関与が
限定的であることに起因する。そのため、ロシアの北朝鮮政策は、ロシアの国益に基づいた積
極的なものというよりも、米国、中国、韓国など周辺国との関係に規定される側面が強い。
ロシアは、韓国主導により朝鮮半島が統一され、米軍基地が露朝国境に近接することは望ん
でおらず、北朝鮮がバッファー(緩衝地帯)の役割を果たす形で、南北が分断された現状が好
ましいと考えている。この点においては、中国と立場を同じくする。ただし、日米同盟に対し
ては、アジア地域の安全保障上の安定要因として、一定の効用をロシアは認めるようになって
おり、米国の軍事同盟に対する政治姿勢には中露間で温度差がみられる。
北朝鮮問題に関するロシア人専門家の見方としては、金正恩体制に移行後も、北朝鮮の政治
体制はそれなりに安定しており、短期的な体制崩壊は予想されないというのが一般的な見方で
ある。但し、ソ連そのものが予期せぬ形で崩壊したことから、合理的予測を超えた不測事態が
発生する可能性も排除されないとの留保がつく。
2.「問題児」との疎遠な関係
2000 年2 月に「露朝友好善隣協力条約」が締結され、同年5
月にプーチン政権が誕生した
が、毎年開かれていた露朝首脳会談は2002
年に途絶え、それ以降、以下の理由から、両国の
関係は急速に疎遠となった。
政治面では、2002
年に当時のブッシュ大統領が北朝鮮を「悪の枢軸」と名指し、北朝鮮に対
する国際社会からの批判が高まり、ロシアは北朝鮮を「問題児」として扱うようになった。当
初は、「問題児」との間で、ロシアが仲介役を果たそうとする動きも見られたが、ロシアへの従
順な姿勢が北朝鮮側にみられなくなり、2004
年から始まる第二期プーチン政権においてはほぼ
断絶した関係に陥った。
露朝間の経済関係も希薄である。2011
年の貿易高に占める割合は、中国が10.2%、韓国が
3%なのに対して、北朝鮮はわずか0.02%であり、貿易関係はほぼ存在していない。露朝間で
唯一目立つ動きとして、北朝鮮は外貨獲得のためにロシアに労働者を派遣している。ロシア側
の情報によると、北朝鮮労働者の数は2000
年の8,700 人から2010 年には36,500 人に増加し
2
ている。北朝鮮労働者は、ロシア極東地域において森林伐採や土木工事などに従事しており、
安価にも関わらず勤勉であるとしてロシア側で高く評価されている。
2008 年に北朝鮮の羅津
ラジン
港3 号埠頭の開発と49
年間の港湾使用権をロシアが獲得した際、露
朝国境に位置するハサンと羅津港を結ぶ54 キロの鉄道が改修され、2013 年9
月に開通式が行
われた。ロシア産の石炭を東南アジアに輸出することが目的であると説明されているが、同じ
く羅津港の使用権を獲得する中国に対する政治的牽制との見方が有力である。
安全保障面では、北朝鮮の核保有は、政治的にロシアを狙ったものではないこと、核戦力は
ロシアの方が圧倒的に優位であることから、ロシアにとって直接の軍事的脅威ではない。また、
北朝鮮とロシアの国境はわずか17
キロであり、体制崩壊時の難民流入を想定した国境管理や
軍事演習も繰り返されていることから、たとえ北朝鮮の体制が崩壊したとしても、ロシアに及
ぶ影響は中国に比べて限定的である。それでも、ロシアは、朝鮮半島の不安定化がロシア極東
地域に波及することは危惧している。
実質的な軍事協力も途絶えている。2000 年に改訂された「露朝友好善隣協力条約」では自動
軍事介入条項が削除され、2001
年の「露朝軍事技術協力協定」により装甲兵員輸送車が供与さ
れて以降、北朝鮮に対してロシアは公的な武器供与を行っていない。むしろ、北朝鮮の軍事動
向が、ロシア極東地域の軍事態勢に少しずつ影響を及ぼし始めている。北朝鮮による度重なる
ミサイル発射を受けて、ロシア国防省は2012
年8 月に最新型の地対空ミサイルシステムS-400
を極東地域に配備したことを明らかにした。
3.9 年ぶりの露朝首脳会談
政治、経済、軍事のあらゆる面で疎遠な関係が続いたが、2011 年8
月、当時の金正日国防
委員長が専用列車で訪露し、東シベリアのウラン・ウデ近郊の軍事施設で、当時のメドヴェー
ジェフ大統領との間で9
年ぶりの露朝首脳会談を実施した。久々の露朝接近の動きは、増大す
る中国への依存度を低下させたいとする北朝鮮がロシアにアプローチし、それにロシアが呼応
したものと見られている。
首脳会談では、ロシアから北朝鮮を経由して韓国に至る天然ガスパイプライン構想を協議す
ることが合意された。同構想は、ロシアの天然ガスを北朝鮮経由で韓国まで運ぶものであり、
全長約1,100
キロのうち約700 キロが北朝鮮領内を通過する。ロシアの大手ガス企業ガスプロ
ムによると、ロシアから韓国へのガス供給量は年間100
億立方メートルで、供給期間は30
年
間を予定しているという。政治的に不安定な北朝鮮の内部を通過することから、実現可能性を
疑問視する声も多いが、首脳会談後、露朝間において北朝鮮に支払われるトランジット料金に
関する協議も行われた。
さらに、首脳会談では、2007
年から中断していた北朝鮮の対露累積債務の帳消しに関する協
議の再開も合意された。その結果、翌2012 年9
月には、両国の財務次官が「旧ソ連期に提供
3
された借款により北朝鮮がロシアに負った債務の調整に関する協定」に署名し、対露債務110
億ドルのうち9
割を免除し、残額は20
年間の均等割りで償還し、北朝鮮の開発案件(資源、
保健、教育)に投資することが合意された。但し、ロシアは、他の発展途上国に対しても、旧
ソ連時代の債務の9
割を同じく減免しており、北朝鮮だけを特別扱いしているわけではない。
軍事・インテリジェンス分野の協力再開の動きもみられた。2011
年より軍高官の相互訪問が
開始されたほか、同年5
月にはフラトコフ対外諜報庁(SVR)長官率いる対外諜報部門の代表
団が訪朝し、北朝鮮側との間で意見交換が実施された。また、首脳会談と同時期には、ロシア
極東地域の国防を統括するシデンコ東部軍管区司令官が平壌入りして、2012
年から露朝間で捜
索・救助訓練を開始することも合意された。
4.関係改善の動きは足踏み状態へ
9 年ぶりの首脳会談を契機として、両国の関係改善の動きが加速するかと思われたが、以下
の2
つの理由により、露朝関係は再び足踏み状態に陥っている。第1は、2011 年12
月の金正
日死去に伴う金正恩体制への移行である。権力移行を進める金正恩が内政問題に専従せざるを
得なくなったほか、金正日のようにロシアとの間で外交バランスを図るといった対外姿勢がみ
られなくなった。
第 2 は、2012 年に実施された2 回に及ぶミサイル発射と2013 年2 月に実施された3
回目の
核実験により、北朝鮮に対するロシアの不信が高まったことである。ロシアは、核実験に関し
て、「我が国と何十年にもわたる善隣関係で結ばれている国が国際法規を無視したことは、国際
社会からの非難および相応の反応に値する」という厳しい内容の外務省声明を発表して、北朝
鮮に対する国連制裁決議に賛同した。
このように、北朝鮮側の対露政策が見通せなくなり、北朝鮮に対するロシアの批判が高まっ
たことから、2011
年に再開された両国の政府高官による相互訪問も途絶え、ガスパイプライン
構想に関する協議や軍事・インテリジェンス分野における交流再開の動きも停止することとな
った。
5.今後の見通し
政治、経済、安全保障面において利害関係が希薄であることに加えて、北朝鮮内の指導者交
代と北朝鮮に対するロシアの不信感の高まりにより、見通し得る将来において、露朝関係が再
び活性化することは予期されないであろう。他方、露朝関係が深化しないということは、政治
的、経済的に一定の関係を有する中朝関係とは、その本質が異なることを意味する。北朝鮮に
対する中露の認識にも開きが見られつつあることから、将来的に北朝鮮に対する中露間の対外
姿勢の相違がより顕在化していく可能性があるだろう。
(2013
年11 月11 日脱稿)
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