平成 25
年度研究プロジェクト「朝鮮半島のシナリオ・プランニング」
分析レポート
北朝鮮経済の現状と課題
三村光弘(ERINA)
1. 金正恩時代における経済政策の方向性-改革性向の有無
金正恩第1書記が2012年4月11日の朝鮮労働党第4回代表者会で就任
し、同月15日の閲兵式での演説で金正恩第1書記は「わが人民が二度とベル
トを締め上げずに済むようにし、社会主義の富貴栄華を思う存分享受するよう
にしようというのがわが党の確固たる決心です」と強調してから、1年4カ月
が経過した。この間、北朝鮮の経済政策の方向性はどのようになっているのか。
筆者は北朝鮮の学術雑誌に発表された論文の論調から、「社会主義原則の堅
持」という枠を超えることはないものの、これまでよりもより自由かつ熱心に
経済活性化のための方策を探求する学者たちの姿を感じた。北朝鮮の研究者と
の交流の中でも、このような方向性を感じ取ることができた。
他方、2012年半ばには「6.28方針」と題する指示が出され、同年1
0月から大規模な経済改革を実施するという噂が流れたが、このような指示を
証明する文書は確認されていない。当時、この経済改革措置の主要な内容は、
農業部門においては、生産物を国家と協同農場が7対3の割合で分け合うこと、
工業部門では中小規模の工場・企業所で独立採算制の徹底した実施(というよ
りは、支配人唯一管理制の復活なのか)と社会主義労働分配原則(労働にもと
づく分配)を主要な内容とするという報道が多かった。
実際には、2012年の国家による農作物の買い上げ価格がコメ、トウモロ
コシ、小麦および大麦に対してキロあたり10ウォン上がったことが世界食糧
計画(WFP)・国際連合食糧農業機関(FAO)の資料から確認できるし、分組管
理制の徹底した実施(「20~30人規模の分組管理制に基づいた生産の計画と
実行、合理的な現物分配が徹底された」『朝鮮新報』2013.4.1)や生産計画策定
権限の現場への開放(「工業現場では、生産計画を内閣と現場の合意によって決
め、計画超過分を現場判断で分配、再投資、輸出することを可能にする試みが
一部で実施された」『朝鮮新報』2013.4.1)などが報道されているに過ぎない。
筆者は、このことをもって金正恩時代の北朝鮮に改革性向が全くないとは感じ
ていない。研究はこれまでよりも自由に行なわせ、その中から現実的かつ実効
性のあるプランを慎重かつ段階的に実行しようとしているのではないかと感じ
ている。
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2. 「携帯電話200万回線時代」が意味すること
北朝鮮では2013年4月、携帯電話の回線数が200万台を突破した1。人
口約2400万人の北朝鮮で、人口の約8.3%が携帯電話を持っていること
になる。北朝鮮で携帯電話サービスに加入するには、200~300米ドルほ
どする端末を外貨で購入する必要がある。公務員や労働者の公式の月給が50
00ウォン(実勢レートは1米ドル8000ウォン程度なので、1ドルに満た
ない)程度の北朝鮮では、給料だけでは手に入れることはできない。
では、どのようにしてそのような収入を得ているのか。人口の数パーセント
であればそれを「富裕層」として片付けることができるだろうが、国民の1割
弱が一時的にでも数百ドルの買い物ができる収入を得ているということは、公
的部門のほかに非公的部門=民間部門が存在しているということを示唆してい
るのではないだろうか。北朝鮮経済を正確に分析するうえで、公式メディアで
はほとんど報道されていない非公式経済についての把握を行う必要があること
を「携帯電話200万回線時代」は示している。
3. 北朝鮮における経済の自律的な発展は期待できるのか
北朝鮮経済を考えるにあたって、現状がどうかということのほかに、今後経
済の自律的な発展が期待できるかどうかということを考える必要がある。北朝
鮮の公的部門で大勢を占めるのが重化学工業であるが、慢性的な資金不足によ
り工場設備の老朽化問題だけでなくエネルギー、原資材の供給にも問題が出て
いる。問題を解決するためには、大量の資金が必要だが、現状ではその資金需
要を満たす供給源はなく、自律的な発展は期待できない。軽工業については、
生産再開のための投資額が比較的少なく、市場価格での販売を行えば原価補償
は可能で、一部では拡大再生産へと進んでいく可能性がある。農業は、分組管
理制や圃田担当制(特定の田や畑などを担当する個人や集団を指定する制度)
を適切に実施して生産者に増産によるメリットが反映されるようになれば、国
家投資が少なくてもある程度増産ができる地域も存在しよう。
民間部門の現状はよくわからないところが多いが、軽工業、運輸物流倉庫業、
小売業などの業種に多いとされる。現状では民営企業という枠組みがないため、
規模が大きくなれば、形の上だけでも公的部門の名義を借りる必要がある。実
際の経済活動と国家の制度がかみ合っていないので、例えば民間部門の資金を
銀行を通じて決済することができない状態が続いている。資金の出所を問わず
に預貯金が可能な商業銀行が必要とされているが、法制度は整備されたものの
まだ商業銀行は設立されていない。
1 「なぜ情報鎖国・北朝鮮で携帯が増えている?」『東洋経済』ONLINE、2013 年6 月26
日
(http://toyokeizai.net/articles/-/14484)
3
このような現状から、北朝鮮には民間部門が存在するのは事実であるが、そ
れは状態としての「商品経済」であり、制度としての「市場経済」ではない。
しかし、多くの住民が商品経済になじんできているのも確かであり、現状を国
家がどのように認識し、制度の枠内に取り込めるのかが、北朝鮮国内における
民間部門の成長を公的部門を含めた国民経済を活性化するうえで重要な課題と
なる。
基幹産業である重化学工業を復活させるためには相当額の投資が必要である。
この資金需要は国内のみでは充足することが困難であろう。とすれば、北朝鮮
に対する外国からの投資が現実味を帯びるような国際政治的環境を整えること
が北朝鮮経済の復興のためには必要となる。2013年の前半まではそれと反
対の方向に進んでいるように感じられたが、後半に入り若干対話ムードに転じ
てきた。このような変化が、国際社会の北朝鮮に対する厳しい態度を変えさせ
ることになるのかどうかが注目される。
以上
(2013 年9 月12 日記)
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