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文在寅氏の支持率は概ね40%台を維持している。政権3年目としては表面上好調な数字ではあるが、革新と保守の対立は激化し、文在寅大統領に反発する人々の抗議活動は勢いづいている。これまで文在寅政権は、自分たちが推進したい政策のために支持者層を煽って、反対派潰しを図ってきたが、文政権の政策失敗は直ちに世論全体が反文在寅に向かう危険性をはらんでいる。
来年4月には国会議員選挙が実施される。これに敗北すれば反対派の勢いは増し、レームダック化が加速する。それを防ぐため、文在寅大統領は現在、ますます革新系の支持を意識した政治を行っているが、そうした政治は最近ことごとく失敗している。GSOMIA破棄から急転直下、破棄撤回に至ったのは失敗の典型例だろう。
今回の破棄撤回は韓国メディアも予測していなかったようであるが、世論調査ではおよそ70%が、延期はよかったと回答している。ただ、文在寅政権の支持層には失望感が漂っている。韓国政府は失敗を隠そうと躍起となっているが、今後行われる輸出管理に関する対話は最初から日韓で認識が異なっており、韓国政府の期待通りには進まないだろう。その場合、韓国政府はそれを反省するばかりか、日本に対して新たな強硬策に出てくる可能性がある。
その時、文在寅政権は何をするのか。それが元朝鮮半島出身労働者(以下「元徴用工」)に関するものとなることが懸念される。
文在寅政権の政策は国内革新系の支持獲得が目当て
文在寅大統領は、当初から保守層には受け入れがたい政策を打ち出していた。
文在寅大統領は就任時の演説で、「わたくしを選ばなかった人も含め、すべての人のための大統領になる」と述べたが、実際にやったことは「積弊の清算」を旗印とする「保守政権の業績否定」と「親日の清算」だった。
最大の「積弊の清算」は「漢江の奇跡」を教科書から抹殺したことである。「漢江の奇跡」は当時の朴正熙大統領が日本との国交正常化資金を活用し、60年代前半には100ドル未満だった1人あたりGDPを、現在の3万ドル水準まで引き上げた成長の原点である。しかし、これを成し遂げたのが、朴槿恵前大統領の父であり、軍出身の朴正熙氏であったため認めたくなかったのだろう。文在寅氏は「歴史の真実を曲げた」のである。
保守の業績の否定は、国内の分断につながる。さらに国内政策の失敗で、中間層の離脱も始まった。そこで、文在寅政権は、国民全体の支持を集めることは諦め、支持基盤である革新層の支持獲得に集中しているわけだ。
文在寅大統領が重視してきた国内政策は、所得主導成長政策、検察改革と曺国氏の法相任命、GSOMIA破棄であり、いずれも革新系支持層の主張に寄り添ったものだった。しかし、革新系が重視する分野での文在寅政権の政策はことごとく失敗している。というのも、それらが国益を無視し、強引に自己の主張を通そうとする政策だからである。
所得主導政策で韓国経済は崩壊の危機に
このような文在寅大統領の経済政策は、故朴正熙元大統領時代から築き上げてきた韓国経済を崩壊させつつある。
文大統領の経済政策の柱は、所得主導成長政策であり、そのため最低賃金を2020年までに1万ウォンに引き上げることを目指している。ところが韓国経済の命綱である輸出が、文在寅政権がその関係を過剰に重視してきた中国で経済が減速しはじめたことで、苦境に陥り、企業経営に深刻な影を落としているのだ。
韓国経済が過度に財閥に依存している影響で、経済格差がますます拡大している。そこで文在寅大統領はその解消を目指している。その考え方は悪くない。
しかし、文在寅政権が進める所得主導成長政策は、経済学の主流から外れ、経済合理性にも疑問符がつけられている。生産性引き上げ、経済の効率化など最低賃金引き上げ成功の条件を整えないままでの強引な引き上げである。しかも、最初の2年間で実に29%もの引き上げを実施したのだが、企業経営にその弊害が如実に現れ、2020年は2.9%の引き上げに留まることが決定され、政策の非を認めない文在寅氏が初めて謝罪する場面もあった。
これだけではない。財閥企業の経営に労働組合の関与を求めるなど、労働組合に寄り添った政策を展開した。その結果として生じたのは、優良な雇用の減少、アルバイトなど非正規就労の増大という事態であり、国民の59%は前政権時と比べ生活が苦しくなったと指摘されているのだ。
全体経済を見れば、雇用の悪化に加え、経済成長率は急激に鈍化、投資意欲の減退、生産者、消費者物価の下落となっており、デフレに向かいつつある兆候が表れている。加えて、韓国のGDPの40%を占める輸出が11カ月連続で減少している。
こうした状況から、来年の国会議員選挙の最大の争点は経済になろう。文在寅政権に対しては、すでに20代の人々の支持が離れていると言われる。これらの人々は、現在の生活状況に不満を抱く人々である。若者は保守政権と財閥との密着に不満を抱いていたが、今はむしろ革新系に不満の矛先を向け始めているのだ。
逆に現在、文政権を支持しているのは、30代、40代であるが、この世代の人々も正規職として働く人が減り、非正規職が増えているという。さらに退職した人が自営業で収入の補てんをしようとしているが、次々に倒産している。
こうした経済状態を考えれば、文在寅政権が進める経済政策には期待できない。生活苦は保守、中間層ばかりでなく、革新層にまで広がっている。彼らの政権選択はどうなるのだろうか。
検察改革の方向性は支持しても、曺国法務部長官には反対
韓国では、警察も検察の指揮下に入っており、検察の権力は絶大である。検察の強い権力と強引な捜査手法に対する批判は国民の間でも共有されており、検察改革に対する支持は幅広い。しかし、これを遂行する司令塔にスキャンダルだらけの「たまねぎ男」曺国氏を任命する非常識。曺国法務部長官は9月9日に任命されてから、35日後の10月14日辞任した。
曺国氏の進めようとした検察改革の内容は詳述しないが、同氏任命が引き起こした国民の葛藤は、文在寅降ろしの出発点となるかも知れない。もちろん朴槿恵前大統領のような弾劾はないと思うが、文在寅氏降ろしの動きは次期大統領選挙で革新系に不利となろう。
文在寅大統領は、腹心とする曺国氏に何としても自身の看板政策である検察改革をやらせたかった。できれば、その功績で曺国氏を次期大統領候補に押し上げたかったのだろう。そのため、曺国氏に対するスキャンダルが深まっていたにも関わらず、任命を強行した。曺氏に検察改革を進めさせることで、曺氏に対する捜査の動きを封じ込めさせようとしたのかも知れない。
しかし、その結果、曺氏に対する検察の捜査はいっそう速度を増し、その動きに呼応するように曺氏辞任、文政権に対する反対の街頭デモが激しさを増した。9月28日に曺氏を守ろうとする検察庁前のデモは、地下鉄乗降客の増減、マスコミによる画像を使った推計では、せいぜい10万くらいのようである。これに対し、曺国氏辞任、文在寅氏の責任を問うデモは同様の推計で30~50万といわれている。この数字は朴槿恵氏弾劾を求めるデモに匹敵するか、あるいはそれを上回るほどの人数であり、文政権には多大なショックを与えた。
文在寅氏の支持層は、「曺国氏に対する検察の捜査は政治的であり、やりすぎだ」として、検察改革の必要性を説いている。しかし、曺氏辞任の声が強まったのは、子弟に対する不正入学や私的ファンドなどで中間層が離反した結果であろう。ただ、この問題は保革対立を反映したものとの見方が強く、核心的な支持層が離反したとまでは言えない。ただ、文在寅氏の支持母体が急激に縮小していることは否定できない。また、曺国氏を辞任させ、かばいきれなかった文在寅氏に対しては、革新層から失望の声が上がろう。
今後の捜査で曺国氏が逮捕されることになれば、文在寅氏に対する批判は高まって来ようし、中間に近い革新の支持は離れていくかもしれない。