【地球コラム】
それでも韓国を知らなければ策を講じられない
2019年 12月1日(日)
「不合理な」軍事情報協定の破棄
著者は最近『知りたくなる韓国』(新城道彦・金香男・春木育美との共著、有斐閣、2019年)という本を出したところだが、「韓国情勢は複雑怪奇」という声明を出して、「もう知らんわ、韓国」と理解を諦めたいくらいである。(同志社大学教授 浅羽祐樹)
韓国政府は8月22日、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を破棄すると発表した。撤回されない限り、11月23日に失効する。
日韓GSOMIAは朴槿恵政権の末期、2016年11月に締結されたが、「日米韓」安保連携における「弱い環」である「日韓」を初めてフォーマルにつなぐものだった。その後、北朝鮮による相次ぐミサイル発射に対応する上で土台となる枠組みであり、事実、何度も活用された。
2018年に南北・米朝が連動して対話局面に転じると、ミサイル発射が猶予され、日韓GSOMIAが活用される機会も少なくなったという。ところが、今年2月、ハノイでの第2回米朝首脳会談が決裂すると、北朝鮮は短距離弾道ミサイルに限って発射を再開した。特に7月25日以降1カ月で7回(しかも、7回目は破棄通告の翌日)も発射している。韓国全土をすっぽりと射程に収め、迎撃が困難な新型ミサイルが完成し(実戦配備され)たとすると、脅威のレベルが格段に上がる。この間も日韓GSOMIAに基づいて情報が共有されたという。しかも、双方得意とする分野が異なるため、本来、補完的で、ウィンウィンの関係である。
米国政府からも、日韓GSOMIAは「日米韓」安保連携において重要であるため、維持するのが望ましいと韓国政府は繰り返し求められていた。
客観的には、日韓GSOMIAの有用性とその継続の合理性は明らかだったはずである。にもかかわらず、米国政府からも「深い憂慮と失望(strong concern and disappointment)」が表明されることになる「不合理な」選択を韓国政府が行ったのはなぜか。米国政府は声明文の中で「韓国政府」ではなく「文政権(the Moon administration)」という異例の用語を充てたが、そうした選択は文政権や文在寅個人に特異なのか、それとも、今後たとえ政権が交代しても続く構造的な要因によるものなのか。それを明らかにするためには、文在寅大統領の世界観や価値観、韓国「進歩派」の歴史観、大韓民国/韓民族というナショナル・アイデンティティーがいかに構成されているのか、さらに、それが対日外交政策などの行動にいかに反映され、「現実」を形作っていくのかを内在的に理解するしかない。
韓国に限らず、「基本的価値」や「戦略的利益」を共有する国ばかりではない以上、すべてのアクターの利得計算の公式を均質と見立てる「リアリズム」よりも、各アクターの利得やイデオロギーがそもそもいかに「構成」されるかに注目する「構成主義(constructivism)」が求められている(例えば、大矢根聡『コンストラクティヴィズムの国際関係論』有斐閣、2013年を参照)。
「しっぺ返し」戦略、実利より名分重視
日本の植民地支配から解放されたことを祝う「光復節」の演説で、文在寅大統領は「誰も揺るがせない国」をつくりたいと強調した。109年前の1910年、国権を喪失し、植民地に転落したのは「誰かに揺るがされた」際たる例であるが、「世界6大輸出強国」になった現在も、「日本の不当な輸出規制」によって揺るがされているという認識がある。「先に成長した国が、その後を追って成長する国のハシゴを蹴落としてはならない」という発言には、「まだ韓国の方が遅れている」という自画像が表れている。
一部には、半導体素材3品目に対する日本の「輸出規制」やホワイトリスト除外は、韓国の主力輸出品である半導体という「急所」を狙い撃ちし、日本の製造業にグッと差をつけたサムスンに一矢報いるものだという「陰謀論」すら見られる。
古来、朝鮮半島は「外勢」によって繰り返し侵略されてきたという被害者意識がある中で、せめて将来に向けて平和体制の構築だけは、自らが主導したいという使命感が文在寅政権には強い。だからこそ、就任以来一貫して北朝鮮に対話を呼び掛け、まず南北で板門店宣言(2018年4月)を高らかに謳(うた)い上げ、それを米朝シンガポール共同声明(同年6月)につないだと自負してきた。事実、米朝シンガポール共同声明に盛り込まれた「朝鮮半島の完全な非核化」は「板門店宣言を再確認」するかたちになっている。
こうした南北と米朝の連動に比べると、日本は「朝鮮半島に持続的かつ安定した平和体制を築くため共に取り組む」姿勢を示さず、むしろ阻害する存在に映っている。「平昌冬季五輪当時も米韓合同演習の延期に反対し、北朝鮮との対話や協力が進んでいる最中にも制裁や圧力だけが唯一の方法であると主張」したというのである(韓国大統領府ウェブサイト「ホワイトリストからの韓国除外という日本の決定に関する国家安保室第2次長によるブリーフィング」、8月2日)。
日韓GSOMIA破棄についても、「日本がすでに、韓国との間には(安全保障に関して)基本的な信頼関係が潰(つい)えたとして輸出規制を行っている状況において、われわれとしてもそれを維持する名分が失われた」と正当化されている(韓国大統領府ウェブサイト「韓日GSOMIA終了に関する国家安保室第2次長によるブリーフィング」、8月23日」)。日本に先にしてやられた以上、やり返すのだという「しっぺ返し(tit for tat)」戦略であり、実利より「名分」を重視するという姿勢である。
日本からすると、旧朝鮮半島出身労働者(いわゆる「徴用工」)問題に関する大法院(韓国最高裁)判決(2018年10月)とそれに伴う国際法違反状態の放置を差し置いて「居直るな」というところだが、この件も、そもそもの原因は日本にあり、にもかかわらず解決に向けた案を提案するなど真摯(しんし)に臨んできたのに、一蹴されたのは「国としての自尊心」が傷つけられたという認識なのである。
政策を見直さない文在寅
「進歩派」全体ではなく、文在寅個人の特性も大きく作用している。
同じ「進歩派」でも、盧武鉉大統領は、イラク戦争への参戦や米韓自由貿易協定(FTA)の締結など国益がかかった局面では「実用的に」判断した。その一方、文在寅大統領は原理原則を重視するあまり、状況の変化に応じて政策を見直していくことを国内でもまずしない。典型的には「雇用主導の経済成長」路線で、3年目になっても雇用も経済成長も悪化しているにもかかわらず、「マイウェイ」を貫いている。
人事もそうで、一度起用した「コード」が合う人物を、ポストを入れ替えながら用いるというスタイルである。8月9日に発表した内閣改造でも、法務部長官に、政権発足以来大統領府で民情首席秘書官を務めた曹国を指名したが、野党だけでなく、国民からも批判・反発が集中している。当初から「コード人事」「使い回し人事」が批判されたが、国会での人事聴聞会に向けて、財産形成過程の不透明さや娘の不正入学疑惑などが続出した。
娘の不正入学疑惑は朴槿恵大統領が弾劾・罷免される契機になった「チョン・ユラ事件」(朴大統領の友人の娘で、名門女子大学に不正入学した)にダブるし、「機会は平等に、過程は公正に、結果は正義に見合うように」という文大統領の国政哲学に真っ向から反するように見える。特に若年層にとって、入試と就職は一生を左右する一大事で、厳しい競争における公正さを担保することこそが「進歩」という理念の核心である。
朴槿恵大統領は「奥の院」の執務室や官邸に引きこもり、閣僚や官僚はもちろん、大統領府のスタッフとも対面であまり会わず、独り報告書を読むことを好んだ。文在寅大統領は自らの執務室をスタッフが常駐する建物に移したものの、「ぼっち飯」が多いのは変わらないという(黒田勝弘『韓めし政治学』角川新書、2019年)。しかも、周囲と議論はしないものの、言うだけ言わせて、自らの信念や見解を変えて聞き入れることもあった朴槿恵と異なって、文在寅は初志貫徹するという。
盧武鉉は当初、税務事件を中心にもうけていた弁護士だったが、後に人権派に転じた。その盧武鉉との出会いが「運命」を定めた文在寅にとって、人権のような「不可分の価値については妥協の余地なし」というのが行動準則なのである。自らの「心情」ではなく、結果に「責任」を負うのが政治家としての徳目だとすると(マックス・ヴェーバー〈脇圭平訳〉『職業としての政治』岩波文庫、1980年)、文在寅は果たして政治家なのかが問われている。
「徴用工」問題においても、憲法上「対外的に韓国を代表する」大統領としての当事者意識が見られず、国内司法の判断を盾に取るだけである。盧武鉉政権期に、日韓請求権協定に関する韓国政府の法的立場の見直しに政府高官として関わり、「徴用工」は「解決済み」としたこととの整合性さえ示そうとしない。
北朝鮮、平和体制への「パートナー」に
進歩派/保守派の違いや大統領個人のキャラクターを超えて、大韓民国/韓民族というナショナル・アイデンティティーが国際秩序の中でいかに構成されているのかも政策選択を規定する。
韓国の外交安保の基軸が、米韓同盟と拡大核抑止を含めた米国のコミットメントにあることは間違いない。ただ、「見捨てられる懸念(fear of abandonment)」(ヴィクター・D・チャ〈船橋洋一監訳・倉田秀也訳〉『米日韓-反目を超えた提携』有斐閣、2003年)を払拭できないため、朴正煕政権下での独自核の開発(と断念)など「自立」を常に求めてきた。この同盟と自立の間のジレンマは、中国が台頭し、米国の覇権に挑戦する構えを見せる中で一層深刻になっている(Scott A. Snyder South Korea at the Crossroads: Autonomy and Alliance in an Era of Rival Powers Columbia University Press 2018)。
そもそも韓国が1965年に日本と国交を正常化したのは、米国によるベトナム戦争への本格的な参戦など地域秩序が大きく揺らぎ、そのコミットメントが不透明になる中で、「反共・自由主義」陣営に属するという旗幟(きし)を鮮明にするものだった。休戦協定の締結(1953年)から12年後の韓国にとって、「日米韓」の枠組みの下、安保連携と経済協力を確保することで、北朝鮮との体制競争に打ち勝つことが至上命題だった。
それが、今や北朝鮮は韓国にとって、安全保障上の「共通の脅威」というよりは、朝鮮半島における平和体制を共に築いていく「パートナー」であるという位置付けである。「休戦協定体制=旧体制」を打破し、終戦宣言、平和協定の締結へと「平和プロセス」を進めるのが「進歩」となる。
相手の「意図」を過度に好意的に捉えると、厳に客観的に存在する「能力」を過小評価しがちである。ここ最近の北朝鮮による短距離弾道ミサイルの発射は、明らかに客観的な能力の向上を示すもので、韓国にとって脅威が高まっているのは間違いない。にもかかわらず、北朝鮮との信頼関係だけが強調されると、「善意」をナイーブに信じるか、あるいはウソを本当と思い込むようになる。
同盟のクレディビリティー(信頼性)も、「意図」と「能力」のそれぞれをどのように「認識」するか次第であるが、韓国の認識について、その妥当性(relevancy)はともかく、それはそれとして(as such)「メタ認識」することが欠かせない。
日韓GSOMIAの破棄において、日韓対立を「日米韓」の安保連携にまで拡大することに対する米国からの警告を振り切った背景には、ハノイでの決裂に見られるように北朝鮮に対して一切妥協しようとしない米国の姿勢に対する不満がある。日韓GSOMIAの破棄に対して米国から「理解」を得ていたと豪語したが、「ウソ(lie)」(『朝鮮日報』2019年8月24日付に引用されている米国政府高官の発言)と反駁(はんばく)される始末である。外交の世界では、本当のことを全部言う必要はないが、明白なウソをついてはいけないというのが不文律である。
日韓はとかく歴史問題をめぐって対立しているといわれるが、それ以上に、将来ビジョンをもはや共有し難くなったがゆえに、過去の否定的な側面だけが強調されるのである。「歴史問題」ではなく「歴史認識問題」という見方が一般的なのも、歴史とは単に過去の事実の集積であるのではなく、現在においてどのように「認識」されるかによって常に「再構成」されるからである。しかも、「歴史とは、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話」(E・H・カー〈清水幾太郎訳〉『歴史とは何か』岩波新書、1962年)であると同時に、「未(いま)だ来たらざるもの」をどのように思い描き(envisage)、築いていくか(construct)によっても変わってくる。いや、「未来」は変えられる。日韓関係も、そうした再構成の真っただ中にあるのである。
「韓国はわけがわからない国だ」
誰かがそう口にした時、問われているのは韓国ではなく、我々の知的営みのほうなのだ。
これは文在寅政権がまさに発足した日に著者が刊行した対談本(木村幹との共著、『だまされないための「韓国」-あの国を理解する「困難」と「重み」』講談社、2017年)の結論である。韓国を理解するのはなかなか「困難」であるが、かかっているステーク(賭金)の「重さ」は無視できないため、今こそ各界各層からインテリジェンスを結集して策を講じるべきである。(一部敬称略)
浅羽祐樹(あさば・ゆうき) 同志社大学グローバル地域文化学部教授。北韓大学院大学校(韓国)招聘教授。早稲田大学韓国学研究所招聘研究員。専門は、比較政治学・国際関係論。1976年大阪府生まれ。立命館大学国際関係学部卒業。ソウル大学校社会科学大学政治学科博士課程修了。Ph.D(政治学)。九州大学韓国研究センター講師(研究機関研究員)、山口県立大学国際文化学部准教授、新潟県立大学国際地域学部教授などを経て現職。著書に『戦後日韓関係史』(有斐閣、2017年、共著)、『知りたくなる韓国』(有斐閣、19年、共著)などがある。
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