笑いの消えた韓国~日本人も笑えない「最長寿コメディー番組の没落」~【崔さんの眼】
ジャーナリスト・崔 碩栄
2020年11月7日(土)
朴槿恵前大統領の最側近と言われた崔順実氏(2017年5月撮影)【EPA時事】
今年6月、韓国の最長寿お笑い番組が20年余りの歴史に幕を閉じた。
番組のタイトルは「ギャグコンサート」という。1999年から毎週金曜日に、公営放送KBSテレビで放送され、お茶の間を沸かせてきた韓国の代表的なコメディー番組だ。
20年余りの間、「ギャグコンサート」は数多くのお笑い界のスターを輩出し、ここから生まれた流行語も数知れないほどだ。
◆風刺が人気
「ギャグコンサート」の特徴の一つは、公開録画番組だという点だ。1600席規模のKBSホールで、観客たちを目の前にした舞台に立って、コメディアンたちが渾身(こんしん)のネタを披露し、観客たちの笑いを誘った。
時にハプニングが起きることもあり、観客と近い距離感から、彼らの反応によって、即興のアドリブを交えたりした舞台で、好評を博してきた。
韓国のお笑いの一つの「スタイル」をつくり上げた、と言っても過言ではない。それほどの人気番組が、最終回を迎えることになった理由は、何だったのだろうか。
「ギャグコンサート」のもう一つの特徴に、「政治、社会に対する風刺」が挙げられる。社会的に話題となった事件や、政治家らに対する辛辣(しんらつ)な風刺が視聴者たちの留飲を下げてきたのだ。
だが、「ギャグコンサート」の政治風刺は、かなり偏向的なものであるという側面があった。保守政権である李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)両政権をネタに、政界に対する風刺、大統領に対する批判は相当なものであった。
特に、朴大統領の弾劾直前の放送では、朴氏はもちろん、彼女の最側近と言われていた崔順実(チェ・スンシル)氏のモノマネとともに、風刺が繰り返され、朴大統領弾劾への雰囲気を盛り上げるのに、大きな役割を果たしていた。
◆文政権には沈黙
この番組における露骨な政治的スタンスは、担当するKBSディレクターによる影響力が反映されたものだ。
言うまでもなく、絶対的な決定権を持っている放送局のディレクターのOKが出なければ、コメディアンたちの繰り出したネタは放送されない。そして、韓国の放送局のディレクターたちの大多数は、リベラル志向なのである。
批判精神と自由奔放な思考が「風刺」を生む。コメディーにおいても、社会、政治に対する風刺は「順機能」のうちの一つだ。
だが、自由奔放でなければならないはずの風刺に「自主規制」が入り、「ギャグコンサート」は色を失ってしまった。
保守政権下においては、毎週見ることができていた政治風刺が、革新系の文在寅(ムン・ジェイン)政権になってからは、ほぼ見られなくなってしまったのだ。
もちろん、統治行為や言動に全く問題がないのであれば、イチイチ言葉尻を捉えて風刺することはないだろう。だが、文政権が発足してからも与党、そして政権中枢からのスキャンダルは次々と明るみに出ている。
曺国前法相。この人を風刺するようなネタは何一つ出てこなかった(2019年12月撮影)【EPA時事】
◆笑いを利用した政治活動
中でも、日本のメディアからも「タマネギ男」と皮肉られた曺国(チョ・グク)前法相のスキャンダルは、コメディアンの立場からすれば、不正腐敗と偽善に満ちた「ネタの宝庫」以外の何物でもなかったはずだ。
だが、曺氏のスキャンダルで韓国社会全体が沸いていた時にも、「ギャグコンサート」では、曺氏を風刺するようなネタは何一つとして出てこなかったのだ(曺氏を捜査する検察に対する批判的な内容は披露されたが)。
ここまでくると、彼らが過去に放送していた政治風刺は「笑いを届けるための風刺」ではなく、笑いを利用した政治活動であったと評価せざるを得なくなる。それを国民から受信料を取っているKBSという公営放送がしていたのだ。
この時には、あまりにも露骨な番組の態度に、視聴者の間からも「なんで曺国はネタにできないのか」「現政権に対する風刺はなぜないのか」という失望の声が聞こえてくると同時に、ファンたちは徐々に番組から離れていった。
視聴者たちが「ギャグコンサート」に求めていたのは「笑い」であり、特定の目的を持って誰かを陥れるようなものではなかったからだ。
番組の終焉(しゅうえん)とともに、多くのコメディアンたちが「仕事」を失うことになったが、彼らが最後に視聴者たちに届けた「笑い」は「苦笑」でしかなかった。
(時事通信社「金融財政ビジネス」2020年10月15日号より)
【筆者紹介】
崔 碩栄(チェ・ソギョン) 1972年生まれ、韓国ソウル出身。高校時代から日本語を勉強し、大学で日本学を専攻。1999年来日し、国立大学の大学院で教育学修士号を取得。大学院修了後は劇団四季、ガンホー・オンライン・エンターテイメントなど日本の企業に勤務。その後、フリーライターとして執筆活動を続ける。著書に「韓国人が書いた 韓国が『反日国家』である本当の理由」「韓国人が書いた 韓国で行われている『反日教育』の実態」(ともに彩図社)、「『反日モンスター』はこうして作られた」(講談社+α新書)、「韓国『反日フェイク』の病理学」(小学館新書)など。
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