北朝鮮の大規模人事、何が重要か
礒﨑敦仁のコリア・ウオッチング
時事通信, 2022年07月17日
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異例の拡大会議で見えた変化
2022年6月8~10日に平壌で行われた朝鮮労働党中央委員会第8期第5回拡大総会に出席する金正恩総書記(中央)【朝鮮通信=時事】
年初からミサイル発射実験が続き、核実験の可能性もささやかれるなか、北朝鮮の国内政治も大きく動き続けている。6月8日から10日、朝鮮労働党中央委員会第8期第5回全員会議拡大会議が開催された。5月12日に新型コロナ感染者の存在を初めて認めてから1カ月もたっていないにもかかわらず、参加者がこれまでよりも格段に多い、異例の「拡大会議」として開催したばかりか、全国各地から集まった全員がノーマスクで着席しており、感染抑え込みに自信を見せたと言える。
この会議で金正恩総書記が対米政策について言及するのではないかとの下馬評もあったが、具体的な内容は公表されず、最たる注目点は人事であった。このような会議で初めて「組織問題(人事)」が議題のトップで扱われたという事実だけを見ても、今回の人事が重要なものであることが分かる。
特に軍の幹部人事は目まぐるしい。今回の人事で総参謀長は10年あまりの金正恩政権下で9人目、総政治局長は6人目となった。現在の国防相も9人目だ。三者の順位も入れ替わっている。金正日時代から総政治局長、総参謀長、国防相(かつては人民武力部長、人民武力相と呼ばれた)の順で紹介されるのが通例だったが、その後、総政治局長が総参謀長に逆転され、今年4月には国防相がトップとなった。金日成時代のような、本来あるべき姿に戻ったといえる。
政治局員に復帰した朴泰成氏(写真左)と、政治局会議で司会するなど台頭著しい趙甬元氏【朝鮮通信=時事】
昨年6月に強く非難されて降格された朴正天(パク・ジョンチョン)氏は同年9月に、李炳哲(リ・ビョンチョル)氏は今年4月にそれぞれ常務委員会入りを果たした。また、最高人民会議(国会)議長などを歴任した朴泰成(パク・テソン)氏は今回の会議で政治局員に復帰した。韓国では処刑説まで出ていたにもかかわらず、である。
以前と比べて完全な粛清は行われず、短期間に降格と昇格が繰り返されているのは、最高指導者の性格が以前よりも丸くなったか、粛清しすぎると人材不足に陥ることに気付いたかのどちらかだろう。
トップを直接支える党政治局常務委員の紹介順にも変化が見られた。筆頭で紹介されるのが定着していた崔龍海(チェ・リョンヘ)最高人民会議常任委員長の順位が落ち、金徳訓(キム・ドックン)内閣総理、趙甬元(チョ・ヨンウォン)党組織指導部長の後に報じられるようになった。特に趙甬元氏は、党組織担当書記にも就任していることが明らかになった。彼は政治局会議で司会を任されており、同会議は最高指導者が主宰するのが慣例だったことを考えると、その台頭は著しい。
新外相の人事を深読みすべきでない
北朝鮮外相に昇格した崔善姫氏=2018年10月、ロシア・モスクワ【時事通信社】
崔善姫(チェ・ソニ)氏が北朝鮮初の女性外相に就任し、日米韓ではこのことばかりが報じられたが、今回は、党の経済部長、軽工業部長ら経済分野の幹部に加え、朝鮮人民軍や治安機関の要人がこぞって入れ替わったのである。崔善姫氏の外相起用は、超大規模人事の中の一つの事象にすぎない。
崔善姫外相の誕生については、彼女が米朝首脳会談をはじめとする対米交渉の実務を担っていたことから、確かに「対米関係を見据えた動き」と言えなくもない。しかし、そもそも北朝鮮外交で最も重要なのは常に米国との関係であり、誰が外相になろうとその点で変わりはない。韓国の文在寅前大統領から経済協力の約束を得られても、対米交渉を進展させて制裁解除にこぎつけなければ実利を得ることはできなかったという苦い教訓もある。
結論から言えば、今回の外相人事は「順当な玉突き人事」だったと考えるべきなのである。外相だった李善権(リ・ソングォン)氏は党統一戦線部長に異動しており、そのポストにいた金英哲(キム・ヨンチョル)氏は、新たな役職が明らかでないものの左遷された気配は見受けられない。外相ポストが空けば第1次官だった崔善姫氏がそこに就くのは順当であり、彼女が外相に就いたからといって、金正恩政権が対話モードに切り替えるシグナルだと考えるのは早計にすぎる。
外相から党統一戦線部長に代わった李善権氏(写真左)と、同部長から異動になった金英哲氏【朝鮮通信=時事】
党の会議で初めて外相が「任命」されたことにも注目したい。これは例えるならば、自民党の全国幹事長会議でいきなり閣僚を任命してしまうようなものだ。北朝鮮憲法第11条は「朝鮮民主主義人民共和国は、すべての活動を朝鮮労働党の領導のもとにおこなう」と、国家に対する支配政党の優位性を明文化しているが、それでも閣僚は最高人民会議で任命されてきた。決定プロセスは曲がりなりにも重視されてきたのである。
今回は外相のほか、社会安全(警察)相、国家保衛(秘密警察)相、食料工業相、商業相らが「任命」されている。こうした兆候は数年前から少しずつ見られたものの、党と国家の一体化がますます進んでいることは間違いない。
対米原則「強硬には強硬策で」
6月12日には綱紀粛正を目的とした党書記局会議が開催され、国際担当書記と対南担当書記が依然として空席のままであることも判明した。こうしたことから考えても、よほど突発的な事態が起きない限り、金正恩政権は米韓との対話を当分の間動かすつもりがないということになる。金正恩総書記は、昨年1月の第8回党大会で「強対強(強硬には強硬策で)、善対善(善意には善意で)」という対米原則を掲げたが、今は「強対強」とだけ述べていることにも目を向けるべきであろう。
平壌で開かれた朝鮮労働党書記局会議に出席する金正恩総書記=2022年6月12日、党中央委員会本部庁舎【朝鮮通信=時事】
金正恩政権では、2011年の発足直後から幹部軍人が激しく入れ替わり、13年には後見役と目されていた張成沢(チャン・ソンテク)国防委員会副委員長が処刑された。金正恩氏の叔父で、金正恩氏に随行する回数がナンバー1だった側近中の側近が突如粛清されるというショッキングな事件であった。
当時は20代の若き新指導者が、父親の金正日国防委員長ではなく自らに忠誠を誓う人物を登用するために、さらに言えば自らの権力を誇示するために、人事を重視していると考えられた。しかし、それから10年以上が経過しても、まだまだ大型人事が続いていることには要注目だ。
いわゆる集団指導体制であれば、人事を含む組織の決定には時間がかかる。スピード感をもって人事が動いているということは、権力が一人に集中していることを意味している。人事権を誇示することが人心掌握に資しているかどうかは長期的な観察が必要なものの、一連の大規模人事を見る限り、金正恩総書記の権力行使は依然として安定的に機能しているように見える。
2022年6月8日に開幕した朝鮮労働党中央委員会第8期第5回拡大総会の会場に入る参加者【朝鮮通信=時事】
【筆者紹介】
礒﨑 敦仁(いそざき・あつひと)
慶應義塾大学教授(北朝鮮政治)
1975年生まれ。慶應義塾大学商学部中退。韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員(北朝鮮担当)、外務省第三国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、米国・ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。著書に「北朝鮮と観光」、共著に「新版北朝鮮入門」など。
(2022年7月17日掲載)
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