勉強しない日本の大学生と、死に物狂いで勉強するアメリカの大学生
企業の賃金構造が大学教育を堕落させる
日本の人材は、国際的ランキングで評価が低い。日本人は大学入試までは必死に勉強するが、それ以降は勉強しないからだ。それは、日本企業が専門能力を評価しないからだ。アメリカでは、大学や大学院での成績で所得が決まるため、学生は必死で勉強する。
「高度人材」ランキングでも、日本の順位は低い
スイスのビジネススクールIMDが作成する世界競争力ランキングで、日本の順位が世界最低になる項目がいくつもあると、前回述べた。IMDが作成するもう一つのランキングである「世界タレント(高度人材)ランキングWorld Talent Ranking 2021」にも、日本が世界最低になる項目がある。
最新版の2021年度を見ると、全体では64カ国・地域の中で第39位だが、「経営層の国際経験」は64位で、文字通り世界最低位だ。
これ以外にも、「言語力」の62位は最低位に近いし、「管理職の能力」の58位も低い。
日本人が勉強するのは、大学受験まで
このランキングで私が注目したいのは、日本の評点は、高校までの教育成果を表す「PISA評点」では世界第5位と非常に高い評価であるにもかかわらず、「大学教育」では54位と低い評価になってしまうことだ(PISA調査とは、OECDー経済協力開発機構ーが、義務教育修了段階の15歳児を対象行なっている学習到達度調査。読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野で実施している)
つまり、日本人は、高校生までは真面目に勉強するので世界トップクラスの評価になるが、大学に入学してからは勉強しないので、世界最低位に近い評価になってしまうのである。
これは、われわれの日常的観察とも一致する。
「ガリ勉」とか「点取り虫」というのは、小中高校生についていう言葉だ。大学に入ってしまえば、勉強しない。「大学に入学してから死に物狂いで勉強した」などと言ったら、よほどの変わり者と思われるだろう。
しかし、専門家としての教育は、大学・大学院で行なわれるのである。その段階で勉強しないのだから、高度人材のランキングが低くなってしまうのは、当然のことだ。
日本では初任給が一律なので、大学生が勉強しない
なぜ日本人は、大学で勉強しないのだろうか? その理由は簡単だ。日本の企業が、大学や大学院での教育成果を賃金面で正当に評価しないからである。
日本の企業は、採用にあたって、大学卒という枠を設けている。ただ、それは、「大学卒の枠で採用した人員は、将来、幹部に昇進しうる」という意味であって、大学で学んだ専門知識を評価しているのではない。
その証拠に、大学卒新入社員の初任給は、一律同額であるのが普通だ。金融機関では、企業間でも1円の違いもないほど一律だ。大学卒といっても、能力は個人によって大きな違いがあるはずなのだが、そうしたことは一切評価されない。
一方、大学は、入学した学生は、よほどのことがない限り、卒業させる。だから、学生は勉強しない。そして、アルバイトとサークル活動に精をだす。
日本人が勉強するのは大学受験までの期間だというのは、日本の賃金制度の下では、合理的な行動なのである。
アメリカでは成績で賃金が違うので学生は死に物狂い
これは、アメリカの場合との大きな違いだ。アメリカの学生は、大学に入学してから、あるいは大学院に入学してから「死に物狂いで」勉強する。なぜなら、そこでの成績で初任給が大きく違うからだ。
とくに、ロースクールやビジネススクールなど「プロフェッショナルスクール」と呼ばれる修士課程相当の大学院で顕著にそうだ(それ以外の専門分野でも、大学生や大学院生は、非常によく勉強する)。
MBAなどの学位をとれば、著しく高額の初任給を期待できる。 しかも、どのビジネススクールの、どの専門で、どれだけの成績だったかによって、初任給が大きく違う。
スタンフォード大学のビジネススクールの場合、基本給(年収)が全体の平均では16.2万ドル(1ドル=144円で2333万円)だが、金融業では18.1万ドル(2606万円)だ。その中の「ベンチャーキャピタル」では、19.1万ドル(2750万円)である(2021年卒の場合)。
このように高給なのは、スタンフォードのMBAだからだ。そして、スタンフォードのビジネススクールに入るには、大学の成績がよくなくてはならない。だから、大学生は死に物狂いで勉強する。
入学できても、自動的に学位が取れるわけではない。成績が悪ければ、途中で容赦なく落とされる。
そして、就職先の分野によって年収がかなり違う。どの分野の企業に入れるかは、成績によって大きく影響される。だから、大学院生も死に物狂いで勉強する。
すべてがうまくいけば2000万円を超える年収だから、高額の授業料を払っても、ごく短期間のうちにそれを取り返せる。つまり、一流大学院で猛勉強することは、もっとも収益率が高い投資なのだ。アメリカは、この意味において学歴社会だ。
それに対して日本の状況は、「みじめ」としか言い様がない。
「賃金構造基本調査」(厚生労働省)によると、25~29歳の平均月収は、大学卒260.7万円に対して、大学院卒 278.8万円である(男女計、2021年)。大学院卒をスタンフォードのMBAと比べると、10倍近い開きがある。
OECDの統計で平均賃金を見ると、アメリカは日本の1.9倍だ。専門職における日米賃金格差は、これより遙かに大きい。
「アメリカは実力社会で学歴は必要ない」は本当か?
「アメリカは実力社会であり、大学卒であることは求められない」という意見がある。その証拠として引き合いに出されるのが、テスラCEOのイーロン・マスクの言葉だ。
彼は、あるカンファレンスでの質疑応答で、「テスラの採用応募に大学の学位は必要ない。そして願わくば中退して何かを成し遂げていてほしい」と述べた。
マスク自身はペンシルベニア大学で学士号を取得しているが、スタンフォード大学の博士課程を中退して最初の会社を立ち上げた。
アメリカには、大学を中退した成功者が、つぎのようにたくさんいる。
このように、世界をリードするIT企業の創業者の多くが、大学を中退している。つまり、大学を卒業していなくとも大成功した人はたくさんいる、それは事実だ。
「大学中退すれば成功する」などということはない
しかし、だからといって、「大学での勉強には意味がない。だから、大学を卒業しなくともよい」と考えるとしたら、間違っている。
上記の成功者に共通しているのは、IT関係の企業の創業者であることだ。そして、中退するときには、すでに成功のきっかけを掴んでいた。何もあてなしに中退したわけではない。
むしろ、「成功がほぼ確実な事業を見つけたから、大学で勉強している暇はない」ということだったのだ(ビル・ゲイツは実際にそうしたことを述べている。なお、彼はその後、ハーバード大学から名誉学位を授与されているので、大学卒業者だ)。
もし彼らが、大学で勉強するのが嫌になったという理由で中退したのであれば、その後の成功がなかっただけではない。学歴社会のアメリカで、大変な苦労を強いられたことだろう。
岸田文雄首相は、所信表明演説で、「構造的な賃上げ」のためにリスキリングが必要だとした。
その必要性を否定するわけではない。しかし、日本企業の賃金構造と大学の教育体制を根本から変えない限り、ここで述べた状況が変わることは期待できない。
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