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韓国・尹大統領が日本の「安保3文書改定」を黙認した理由、元駐韓大使が解説

이강기 2022. 12. 20. 14:29

韓国・尹大統領が日本の「安保3文書改定」を黙認した理由、元駐韓大使が解説

 

 

 

 

武藤正敏

むとう・まさとし 1948年生まれ、1972年横浜国立大学経済学部卒業。同年、外務省入省。在ホノルル総領事(2002年)、在クウェート特命全権大使(07年)を経て10年より在大韓民国特命全権大使。12年に退任。著書に「日韓対立の真相」「韓国の大誤算」「韓国人に生まれなくてよかった」(いずれも悟空出版)「真っ赤な韓国」(宝島社、辺真一との共著)など多数。

 

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  • 冷え込んだままの日韓関係。だが両国の国民は、互いの実像をよく知らないまま、悪感情を募らせているのが実態だ。今後どのような関係を築くにせよ、重要なのは冷静で客観的な視点である。韓国をよく知る筆者が、外交から政治、経済、社会まで、その内側を考察する。

 

                                               写真はイメージです Photo:PIXTA
 
 
 

尹錫悦政権で大きく変化した
韓国の安全保障に対する認識

 韓国の安全保障に対する認識が、尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権になって大きく変化している。

 

 日本政府が12月16日、「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略(現:防衛計画の大綱)」「防衛力整備計画(現:中期防衛力整備計画)」の安保3文書を改定する閣議決定をした。これについて、産経新聞は「【安保3文書】支持も批判も曖昧に 尹政権の真意は」と題する記事を掲載し、これまでとは異なる韓国政府の反応を報じている。

 

 これまでの韓国であれば、14日に左派系で文在寅政権を支持してきたハンギョレ新聞が「日本の『敵基地攻撃能力』推進、周辺国の懸念を肝に銘じるべき」と題する社説を掲載したように、日本に対する露骨な警戒心をあらわにしていただろう。

 韓国の歴代大統領の中で、「日本が戦後民主主義国になった」とはっきりと認めたのは、筆者の認識では、故金大中(キム・デジュン)氏くらいのものである。他の大統領の多く、特に革新系は日本が右傾化・保守化していると主張し、日本では軍国主義が復活しているとさえ主張してきた。特に、文在寅(ムン・ジェイン)氏とその周辺の認識はそうだったと思う。

 

 韓国は、文在寅政権時代の2021年末の国防白書で、北朝鮮について前々回の国防白書と同様「敵」とは表現せず、また、日本については「パートナー」でなく、単なる「隣国」に格下げし、日本を安保上の協力国から外す動きを示した。むしろ日本による竹島(韓国名「独島」)を巡る領土権主張を再三問題視し、周辺で軍事演習さえ行うなど、日本の竹島への野心を警戒する言動を行ってきた。

 

 文在寅氏は、日本の保守化・右傾化を前提に、日本を協力国ではなく警戒すべき国と位置付けたということである。

 日韓関係は、かつて故金大中氏が日本は民主化したと認めたことで日韓パートナーシップ宣言を締結し、飛躍的に改善した。尹錫悦大統領の日本の安保に対し、今回示された認識の変化は、歴史問題を含む日韓関係の改善へと結び付くのだろうか。

 

日本の反撃能力行使について
韓国政府は事前協議を要求

 韓国外交部は「朝鮮半島の安保や国益に重大な影響を及ぼす事案は、事前にわが国(韓国)との緊密な協議と同意が不可欠だ」と指摘した。これは日本が北朝鮮に対し反撃能力を行使する場合を指したものである。

 

 この外交部の指摘が出された背景には、日本政府が海外メディアを対象に行ったブリーフィングでの発言があった。日本政府関係者は、反撃能力の行使についての記者の質問に対し、「反撃能力の行使は日本の自衛権の行使であり、他国の承認を得るものではなく、日本が自主的に判断する」と答えた。

 

 日本政府は「反撃能力の発動は北朝鮮のミサイル発射などの切迫した緊急事態のはず」「この場合、韓国と協議したり、事前に承認を得る余裕はないはず」と説明した。

 その一方で「反撃能力行使を決断する時は情報収集と分析という観点で、米国および韓国と必要な連携をすることはあり得る」と述べた。それが現実的な対応であろうし、今から事前協議の問題を巡り対立することは建設的ではないだろう。

 

韓国国内の反発を避けつつ
日本の反撃能力保有を黙認

 韓国の対日安保認識の変化は、明らかに最近の東アジアにおける緊張の高まりを反映したものである。

 北朝鮮のミサイル技術が高度化し、これまでの通常のミサイルでは迎撃が困難になっている。これに対し、尹錫悦大統領の対抗戦術は、3軸体制といわれる自主国防体制の強化と米国の拡大抑止戦略との連携、日米韓協力の強化で対抗する姿勢を示している。

 

 3軸体制とは具体的には次の3つを指す。

 

(1)北朝鮮のミサイル・核攻撃を探知した際に、先制攻撃するキルチェーン
(2)北朝鮮のミサイルを迎撃する「韓国型ミサイル防衛」
(3)北朝鮮が核攻撃をした場合、北朝鮮指導部に直接報復する

 

 北朝鮮の核・ミサイル使用に対しては反撃することを基本としている。したがって、日本が反撃の能力を持つことも、現実的な選択であると理解しているのだろう。

 

 半面、日本が自主的に反撃能力を朝鮮半島で行使することに対する国民の反発は依然として強い。

 

 韓国の野党は尹錫悦大統領について「親日国防」だと批判している。また、ハンギョレ新聞も17日付社説で「日本が『戦争のできる国家』へ、事実上豹変した」と警戒感をあらわにしている。このため、事前協議なしの日本の反撃に対しては、尹錫悦大統領も国内では表向き同意できないという苦しい立場を反映している。

 

 それを容認することは尹政権批判につながり、日米韓防衛協力に対する批判にもつながりかねないからだ。

 

 今回の安保3文書の改定で、韓国は日本の安保にとって「極めて重要な隣国」と位置付けられた。これに関して尹錫悦政権は「(尹政権樹立後の)肯定的な流れが続いている両国関係が反映された」と好意的に評価している。また、日本の防衛力強化そのものへの賛否を明確にしなかった。

 

 これらの反応を総合すると、尹錫悦政権の反応は、韓国国内の反発を避けつつ、日本の反撃能力保有を黙認すると解釈するのが妥当であろう。

 

竹島を巡る表現については
即刻削除するよう要求

 日本が改定した国家安全保障戦略で竹島について、「日本固有の領土」という表現を追加し、「粘り強く外交努力をする」としたことに関し、外交部報道官の論評において「日本政府が発表した国家安全保障戦略改定案に、歴史的・地理的・国際法的に明白なわれわれの固有の領土である独島に対する不当な領有権主張を含めたことに対して、強く抗議し、これを即刻削除することを求める」と主張した。

 外交部と国防部は、日本大使館の総括公使と防衛駐在官をそれぞれ招致し、抗議を伝えるとともに即刻削除するよう要求した。

 

 韓国側は、国家安保戦略で示された竹島への言及は、朴槿恵(パク・クネ)大統領時の国家安保戦略より、領土権の主張をより一層強化したものと懸念している。このため韓国側には、日韓関係の改善に冷や水を浴びせるものとの指摘がある。

 

 しかし、日本が竹島問題に対する主張を強化したのは、韓国側が、故盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権以来、竹島を領土問題から歴史問題に位置付けを変え、日本が領土問題として行ういかなる主張にも強硬に反発してきたためである。

 韓国が竹島を歴史問題とした背景には、日本が竹島を島根県に編入した1905年は日本が朝鮮を保護領としたのと同じ年であり、竹島の島根県への編入は日本の朝鮮併合への第一歩だとの主張がある。

 

 文在寅政権になってこうした主張が際立っており、東京オリンピック組織委が聖火リレーの地図に竹島を小さく記載したことに対し、文在寅政権の関係者による東京オリンピック・ボイコット論にまで発展した。

 

 日本は竹島について強硬な姿勢を取っているわけではなく、領土問題として当然の主張をしているだけである。しかし、韓国では、竹島に関する教育やメディアの報道によって日本には絶対に譲歩できないとの認識が定着しているため、日本が主張を強化することには決然と反発するのが定番になっている。これは尹錫悦政権においても同様である。

 

 日韓であらゆる歴史問題が解決しても、竹島問題だけは最後まで残るであろう。それが日韓関係改善の障害となることは不可避であり、日本の立場を損なわない形で、問題を先鋭化させず安保協力の障害とならないようマネージしていく以外ないだろう。尹錫悦政権としても竹島の問題で対立を一層激化させることは望んでいないだろう。

 

 

韓国メディアの報道は
抑制されたものが多い

 韓国メディアにおいて、安保3文書に関する報道では、大きく3点が取り上げられている。

 

 第一は日本の反撃能力保有に関するものである。

 

 各紙は、日本による反撃能力の行使にあたり、韓国外交部が事前承認を求めたと報じている。

 

 中央日報は、当初事実関係を中心に淡々と報じていたが、19日になって、「表現は反撃能力だが、事実上は敵基地などを先に打撃できる『先制攻撃能力』ではないか」として、「韓国めぐる安全保障環境に大きな波紋」と題する記事を掲載した。

 

 また、別の記事では、日本に事前協議を求めていることを明確にしつつ、「日本が憲法内の専守防衛概念を変更せず、厳格な要件内で(反撃能力)行使が可能だとした点に注目する」とし、日本に慎重な対応を求めている。

 朝鮮日報は、安保文書の改定は、保守強硬派の念願である「反撃能力」の保有を明記したことだとし、自国はもちろん「日本と密接な関係にある他国(米国)に対する武力攻撃が発生した場合も敵国を攻撃できる。事実上先制攻撃を行う可能性を開いたものだ」との警戒感を示している。

 

 その一方で、日本が敵国と友好国を以前に比べて明確に区分し、中国・北朝鮮・ロシアを仮想敵国に、米国・韓国・台湾を協力国・地域としたと指摘している。

 

 中国については「日本と国際社会にとって深刻な懸念」「わが国の総合的な国力と同盟国・同志国等との連携により対応すべき、これまでにない最大の戦略的な挑戦」とした。また、北朝鮮については「従前にもまして一層重大かつ差し迫った脅威」、ロシアは中国との戦略的連携強化の動きから「安保上の強い懸念」とした。

 

 その一方で韓国については「地政学的にも日本の安全保障にとって極めて重要な隣国」と位置付けた。

 

 ハンギョレ新聞は「軍事大国に進む日本…約70年ぶりに『敵基地攻撃能力』を備える」と題する記事で、「『専守防衛』の原則により、70年以上にわたり『防衛』だけにとどまってきた日本の安保政策が、攻撃能力を持つことになる歴史的転換点を迎えた」と論評した。

 

 

 第二に竹島に関する記述である。

 

 中央日報は「『竹島は日本固有の領土』強まる日本の主張…韓国政府『即刻削除を』」とする記事で詳細に論じている。

 第三に、2027年には日本の防衛予算はGDP比2%となり、その額は現在の世界第9位から3位に高まるとする点である。

 

 朝鮮日報は、2027年には日本が防衛費を今の2倍の10兆~11兆円に増大させ、米・中に次いで世界第3位の防衛費支出国になる、と報じた。また、日本は米・英・豪の安全保障枠組み「AUKUS(オーカス)」に参加するとの見方も出ている、とも伝えている。

 さらに米国からのトマホーク購入、自国製ミサイルの射程を1000kmに延ばすと同時に敵国の軍事施設をピンポイントで攻撃するため24時間の衛星監視体制も持つことになることなど、日本の防衛力強化について伝えている。

 

 ただ、これらについては事実を淡々と伝えており、賛否についてのコメントはしていない。

 

 ハンギョレ新聞は、日本の防衛予算が世界第3位となり、日本の安全保障政策の大転換で、朝鮮半島を含む東アジアに相当な影響を与えるものとみられると警戒感を強めている。

 

尹錫悦政権の対日安保認識は
日韓関係改善の重要なステップ

 元朝鮮半島出身労働者(元徴用工)問題の解決など、日韓関係に横たわる懸案問題の解決の見通しはいまだ立たない。しかし、東アジアの地域情勢に鑑み、日米韓の防衛協力体制の強化は待ったなしの状況である。

 

 尹錫悦政権が実質的に日本の安保3文書の改定を黙認したことで、韓国メディアも革新系のハンギョレ新聞などを除いては、比較的冷静な反応を見せている。これは今後の安保協力にとって一歩前進であり、それが進むことで歴史問題解決の機運も韓国国内で高まってくるだろう。

 

 その意味で日本の安保戦略改定の問題が無風で通過したことは評価すべきだろう。

 

(元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)

 

 

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