北朝鮮ミサイル開発の歴史から見えるもの
対米抑止と交渉カード
礒﨑敦仁のコリア・ウオッチング
時事通信社
2022年01月31日
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年明け早々から北朝鮮がミサイル実験を繰り返している。これまで、年初めの発射は米韓合同軍事演習に反発する意味を込めて3月が多く、1月の連続発射実験は異例である。先代の金正日政権は17年間で16発のミサイル発射を実施したが、金正恩政権下の10年間では既に100発を超えた。過去に比すれば驚くべきスピードで開発が進んでいることは看過できない。
北朝鮮メディアは、1月5日と同11日に発射した極超音速ミサイルを「試験発射」と報じた。11日については2020年3月以来、1年10カ月ぶりに金正恩氏が実験に立ち会っており、実験は「最終試験発射」であったと伝えらえた。新型ミサイルの完成宣言である。一方、14日には鉄道車両から短距離弾道ミサイル2発が発射された。「鉄道機動ミサイル連隊戦闘員の戦闘準備態勢を検閲して火力任務遂行能力を高める」ためのもの、とされたのである。
昨年1月、朝鮮労働党大会が5年ぶりに開催された。そこでは金正恩総書記が核ミサイル開発の大号令を掛け、「兵器システム開発5カ年計画」が策定されていた事実も後に公表された。その柱の一つが極超音速ミサイルの開発であり、同年12月の党中央委員会政治局会議では、兵器の「現代化」を目指す方針とともに「訓練第一主義」も掲げられていた。つまり、今年に入って繰り返されている新型ミサイル実験と実戦を意識した訓練は、いずれも昨年決定された党方針に基づいたものである。
◇テポドンショック
北朝鮮が弾道ミサイル開発に強い関心を寄せるようになったのは1970年半ばと言われる。米ソのデタント(緊張緩和)、米中接近を見ながら自主国防の意識を強めた時期である。日本で北朝鮮のミサイル開発が注目を集めたきっかけは冷戦終結後の93年5月に発射された「ノドン」であった。さらに98年8月の「テポドン」発射実験は、日本上空を超えたことで大きな衝撃を与え、「テポドンショック」などと称された。北朝鮮側はこれを「人工衛星『光明星1』を搭載した『白頭山1』ロケットの打ち上げ」と主張したが、その直前には朝鮮中央通信の論評を通じて北朝鮮自身がミサイルを輸出していることを認めていた。ミサイルは貴重な外貨獲得の一手段でもあったのだ。
朝鮮労働党創建60周年を祝う朝鮮人民軍の軍事パレードに手を振る金正日総書記=2005年10月、北朝鮮・平壌【AFP時事】
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金正日政権は核ミサイル開発を駆け引きの材料としてもフル活用した。2000年10月には趙明録(チョ・ミョンノク)国防委員会第1副委員長が、金正日国防委員長の特使として訪米。クリントン大統領との会談を経て、「米朝共同コミュニケ」が発表された。そこで、北朝鮮はミサイル問題に関する協議が続いている間はすべての長距離ミサイルを発射しないことを約束したのであった。
しかし、ミサイル発射の凍結は長く続かなかった。米朝関係の紆余(うよ)曲折を経て、2006年7月に「テポドン2」を発射。もっとも北朝鮮側はこれを「ミサイル」とは呼ばず、試験通信衛星「光明星」を搭載したロケット「銀河1」の打ち上げと主張した。
同じ年の10月には初の核実験に踏み切っており、核とミサイルが一体で開発されていることがより明確になった。日本国内の北朝鮮に対する世論は硬化し、日朝間を往来していた貨客船「万景峰(マンギョンボン)92」号の入港を禁止するなど、日本政府が独自制裁を強化したのはこの時期からであった。
2009年4月には「テポドン2改良型」(北朝鮮の主張によれば、試験通信衛星「光明星2」を搭載したロケット「銀河2」)が発射され、翌月には2回目の核実験が実施された。ここまでが金正日時代である。
「中東諸国の教訓」
2017年7月、大陸間弾道ミサイル「火星14」型の試射成功を喜ぶ金正恩朝鮮労働党委員長【朝鮮通信=時事】
2011年12月に金正日氏が死去し、金正恩政権へ移行してからは、ミサイル開発の動きが格段に顕著となる。翌12年の時点ではまだ「人工衛星」という口実を維持していたものの、13年3月に経済建設と核開発の「新たな並進路線」が提示されると、国際社会の制止を振り切り14年に11発、15年に2発の発射実験を強行した。
核ミサイル開発が最も集中的に進められたのは、兵器開発を格段に進めるという政府声明が発表された16年1月から、ICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射を経て、「国家核武力の完成」を政府声明として宣言した17年11月までの期間である。16年と17年の2年間だけで実に3回の核実験、40発のミサイル発射実験が繰り返されたのである。
ミサイル開発の最大の目的は、対米抑止力を強化することにある。米朝は1950年代の朝鮮戦争以来、長年にわたって対立を続けてきた。米朝の軍事力は非対称的であり、いざ戦争となれば北朝鮮体制が崩壊に追いやられることは疑いようがない。朝鮮人民軍は100万人以上の兵力を擁するが経済的困窮から通常戦力では太刀打ちのしようがないため、核ミサイル開発に特化することで米国の核の脅威に備えてきたのである。
1991年に社会主義陣営の盟主であり、北朝鮮と軍事同盟を結んでいたソビエト連邦が崩壊。翌92年にはもう一つの同盟国である中国が、北朝鮮と敵対する韓国と国交正常化を果たした。ノドン発射はこの翌年である。「核の傘」を失うことへの恐怖心も、北朝鮮を核ミサイル開発へ駆り立てた一因と考えられている。
加えて、米国が9・11テロ後のアフガニスタン攻撃でタリバン政権を、イラク戦争でフセイン政権を崩壊させた経緯を、北朝鮮はつぶさに観察してきた。金正恩政権に特に大きな影響を与えたと考えられるのは、NATO(北大西洋条約機構)によるリビアへの軍事介入である。金正日国防委員長が死去して金正恩政権が事実上発足したのと同じ年にリビア内戦が勃発し、最高指導者のカダフィ大佐は殺害された。北朝鮮はそれらを、核兵器などの大量破壊兵器を保有していなかったがために米国の介入を許したのだと受け止めた。金正恩氏はそのことを「中東諸国の教訓」と呼んだ。
核ミサイル開発の進展は、対米抑止力を強化するだけでなく、対米交渉が開始されれば交渉力としても活用できる。手持ちのカードは多ければ多いほど細切れに出しやすく、いわゆる「サラミ戦術」も可能になるということだ。
史上初の米朝首脳会談がシンガポールで開催された2018年、北朝鮮は核実験、ミサイル発射実験を1回も行わなかった。ところが翌年2月のハノイでの第2回首脳会談が決裂すると、再びミサイル発射実験に傾注する。トランプ大統領に「裏切られた」という気持ちが強かったのか、19年には最多の25発が発射された。
◇転機となった2017年
写真上は北朝鮮の国防科学院が行った極超音速ミサイルの試射を参観する金正恩朝鮮労働党総書記(右)、写真下はミサイル軌道を示すとみられる画面=2022年1月11日【朝鮮通信=時事】
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北朝鮮の核ミサイル開発は、「国家核武力の完成」を宣言した2017年を区切りとして、新たなステージへ移ったと考えられる。18年の中断を経て19年以降は断続的にミサイル発射を続けているが、17年の前と後でフェーズが異なっていることは明らかだ。17年以前は何よりも射程距離を伸ばし、米国本土に届くICBMを保有することに全力を挙げていた。これに対し、近年は潜水艦からの発射実験や、短距離でも変則的な軌道を飛翔する新型ミサイルの開発など、探知・迎撃されにくい性能の向上を図っている。
いつか米朝交渉が再開されて米国からICBM放棄を迫られたとしても、在日米軍と在韓米軍を射程に入れたミサイルさえ手元に残しておけば、対米抑止力は確保できる。そのためには日米韓の弾道ミサイル防衛網をかいくぐる技術革新と、有事に備えた訓練を通して兵力の実効性を高めておくことが必須である。冒頭で紹介した党方針からは、そんな計算がうかがえる。
また、2017年までは核実験や新型ミサイル発射実験のたびごとに金正恩氏が立ち合っている様子が大きく報じられ、同氏の権威付けとしても活用された。今や北朝鮮は世界で10カ国にも満たない「核保有国」の一員に名を連ね、5カ国しか持っていなかったICBMも手に入れた。若き指導者は祖父や父親もできなかったことを達成して世界からの注目を浴びている、すごいではないか、という宣伝扇動である。
核ミサイル開発の最大の目的が「抑止力」であり、「交渉カード」の確保が副次的な狙いだとするならば、最高指導者の権威付けや国威発揚は「第3の効用」だった。若くして父親の権力を継承した金正恩氏にとって、核ミサイル開発は自らの権威を高め、政権基盤を盤石にするための重要なツールでもあった。
2017年に「国家核武力」の完成を宣言した北朝鮮は今、核ミサイルの精度を高めようとしている。無論、18年の「発射ゼロ」が物語っているように、米朝対話の再開という新たなフェーズへと進む際にはこうした実験は実施しづらくなるだろう。逆に言えば、没交渉状態の今こそ、堂々と兵器開発を進めることができるチャンスだと考えている節がある。弾道ミサイル発射は国連安保理の決議違反ではあるが、核実験とは異なり中国の反応が抑制的であることも、その背景にはあるだろう。
【筆者紹介】
礒﨑敦仁氏
礒﨑 敦仁(いそざき・あつひと)
慶應義塾大学教授(北朝鮮政治)
1975年生まれ。慶應義塾大学商学部中退。韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員(北朝鮮担当)、外務省第三国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、米国・ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。著書に「北朝鮮と観光」、共著に「新版北朝鮮入門」など。
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